色々な人が色々な事を言っていますが、iPadに対してもマルチタスク非対応を嘆く声が非常に多いことをtwitterやblogの反応で知りましたので、今日はなぜiPhoneやiPadがシングルタスク志向なのか、という話をしようと思います。
iPadといえば、発表直前のGizmodoの予想記事に、かつてAppleの開発者でありMacintoshプロジェクトを立ち上げたジェフ・ラスキンのモーフィング・コンピュータについての紹介が載っていました。「AppleタブレットのUIはズバリこうなる!(動画&予想図)」すごくいい記事で、とても楽しく読ませていただきました。
iPhone/iPadのシングルタスクへの執着には、「マルチタスク汎用機」ではなくて、「必要な時にいろんな専用機に変身できる多機能機」という基本的な設計思想があると思います。ここを理解しておくと、なぜわざわざマルチタスクを制限するようなことをしているのか、分かりやすくなると思います。
昔からコンピュータ業界では専用化か汎用化かという議論がありました。ジェフ・ラスキンが活躍していた当時はコンピュータの使い勝手がこれでもかというぐらい悪く、またコンピュータを小さくできる技術が見えていた頃だったので、デザインの方向性が用途への最適化かそれとも汎用化か、というところで分かれていたのはすごく納得できます。デザイナー側から見ると、汎用機としての性能を重視することは闇雲に計算性能を向上させることに見えますし、テクノロジストから見ると、技術が未熟な状態では製品のコンセプトがよくても真価を発揮できずに「早すぎた」と言われてしまうことはとても歯がゆいでしょう。
実際の時代の流れをマクロに見たときには、汎用化思想と専用化思想は車の両輪のようなものです。コンピュータは汎用的な性能を上げつつ、ところどころで専用的に道具に組み込めるものは組み込んで用途を最適化していく、という進化の仕方をしています。音楽プレイヤーやカメラ、自動車なんかはサイズ的にも無理なくコンピュータが組み込まれた例と言えます。
今は昔よりいっそうコンピュータを小さくできるようになりましたが、シリコンバレーの回路設計の技術者に話を聞いてみると、たとえば回路基板やCPU設計の効率化はある程度の限界も見え始めているらしいです。ムーアの法則も無理だ無理だと言われ続けながら今まで何度も乗り越えてきましたが、本当に今度こそ、今のアーキテクチャでは物理的な小型化の限界が見え始めてきた。つまり汎用機としての計算性能向上の道は、終点がちょっとずつ近づいているという風にも言うことができます。
そんな時、画面の中ではとんでもなく自由にインターフェイスデザインができて、多すぎもせず少なすぎもせず、必要な時には出すけど普段不要なものは隠せる、タッチパネルという方式がでてきました。でてきたというか、iPhoneがタッチパネルの正しい使い方を教えてくれました。
多機能でありながら、それぞれの用途に対しては専用機のような振る舞いを見せる。Appleが出したこの回答によって、長きにわたって続いた「専用機でユーザビリティを高める」VS「汎用機でケーパビリティを高める」の論争には終止符が打たれるかもしれません。少なくとも、一般ユーザに対しては。
タッチパネルは物理的フィードバック(クリック感など)が無いことが操作上の難点でしたが、クリック音やバイブレーションのような疑似フィードバックではなく、画面自体を浮き上がらせて触覚フィードバックを持たせる技術が徐々に出てきています。(これは視覚障害者用の物理ディスプレイデバイスの開発によって研究が進んだ技術と言われています。)触覚フィードバック付きタッチパネルについてはアップルも特許を出願しています。
また、とんでもなく自由なインターフェイスデザインを二次元だけでなく三次元で実現しようという研究もあります。
Nokiaはナノスケールで自在に変形するMorphという携帯電話コンセプトを発表しています。
Intelでは、Programmable Matterという小さな粒をプログラミング可能にして立体物を自在に変形させる技術が大まじめに研究されています。
少しずつではありますが、コンピュータを組み込んだ製品に、道具として物質性とか身体性を考慮したデザインが入る余地が増えてきています。単なる専用化でも単なる汎用化でもなく、「汎用品なんだけど、その都度形を変えて用途に最適化する」という、両立の形が見えてきたような感じですね。それがモーフィングコンピュータという概念です。
iPhoneやiPadのことを二次元モーフィングコンピュータだと考えてみると、iPhoneやiPadがなかなかマルチタスク機構を採用しない理由が少し分かっていただけるのではないでしょうか。
昨年はセカイカメラも大いに話題となりました。3D映像やAR技術のように、実際にはそこにないものをあるように見せる、疑似的な物質感を出す技術も発達してきていますね。道具のデザインの未来では、「アナログ」と「デジタル」はいつか区別のないものになり、「物質」か「非物質」かという区別をするようになるはずです。
ARについても、シリコンバレーにいると色々と見えるものがあります。この技術のトレンドについても、また近々レポートしたいと思います。