2010年1月30日土曜日

iPhoneやiPadがどうしてもシングルタスクな理由

今週、Appleのタブレット端末iPadが発表されましたね。
色々な人が色々な事を言っていますが、iPadに対してもマルチタスク非対応を嘆く声が非常に多いことをtwitterやblogの反応で知りましたので、今日はなぜiPhoneやiPadがシングルタスク志向なのか、という話をしようと思います。

iPadといえば、発表直前のGizmodoの予想記事に、かつてAppleの開発者でありMacintoshプロジェクトを立ち上げたジェフ・ラスキンのモーフィング・コンピュータについての紹介が載っていました。
「AppleタブレットのUIはズバリこうなる!(動画&予想図)」すごくいい記事で、とても楽しく読ませていただきました。

iPhone/iPadのシングルタスクへの執着には、「マルチタスク汎用機」ではなくて、「必要な時にいろんな専用機に変身できる多機能機」という基本的な設計思想があると思います。ここを理解しておくと、なぜわざわざマルチタスクを制限するようなことをしているのか、分かりやすくなると思います。

昔からコンピュータ業界では専用化か汎用化かという議論がありました。ジェフ・ラスキンが活躍していた当時はコンピュータの使い勝手がこれでもかというぐらい悪く、またコンピュータを小さくできる技術が見えていた頃だったので、デザインの方向性が用途への最適化かそれとも汎用化か、というところで分かれていたのはすごく納得できます。デザイナー側から見ると、汎用機としての性能を重視することは闇雲に計算性能を向上させることに見えますし、テクノロジストから見ると、技術が未熟な状態では製品のコンセプトがよくても真価を発揮できずに「早すぎた」と言われてしまうことはとても歯がゆいでしょう。

実際の時代の流れをマクロに見たときには、汎用化思想と専用化思想は車の両輪のようなものです。コンピュータは汎用的な性能を上げつつ、ところどころで専用的に道具に組み込めるものは組み込んで用途を最適化していく、という進化の仕方をしています。音楽プレイヤーやカメラ、自動車なんかはサイズ的にも無理なくコンピュータが組み込まれた例と言えます。

今は昔よりいっそうコンピュータを小さくできるようになりましたが、シリコンバレーの回路設計の技術者に話を聞いてみると、たとえば回路基板やCPU設計の効率化はある程度の限界も見え始めているらしいです。ムーアの法則も無理だ無理だと言われ続けながら今まで何度も乗り越えてきましたが、本当に今度こそ、今のアーキテクチャでは物理的な小型化の限界が見え始めてきた。つまり汎用機としての計算性能向上の道は、終点がちょっとずつ近づいているという風にも言うことができます。

そんな時、画面の中ではとんでもなく自由にインターフェイスデザインができて、多すぎもせず少なすぎもせず、必要な時には出すけど普段不要なものは隠せる、タッチパネルという方式がでてきました。でてきたというか、iPhoneがタッチパネルの正しい使い方を教えてくれました。

多機能でありながら、それぞれの用途に対しては専用機のような振る舞いを見せる。Appleが出したこの回答によって、長きにわたって続いた「専用機でユーザビリティを高める」VS「汎用機でケーパビリティを高める」の論争には終止符が打たれるかもしれません。少なくとも、一般ユーザに対しては。

タッチパネルは物理的フィードバック(クリック感など)が無いことが操作上の難点でしたが、クリック音やバイブレーションのような疑似フィードバックではなく、画面自体を浮き上がらせて触覚フィードバックを持たせる技術が徐々に出てきています。(これは視覚障害者用の物理ディスプレイデバイスの開発によって研究が進んだ技術と言われています。)触覚フィードバック付きタッチパネルについては
アップルも特許を出願しています。

また、とんでもなく自由なインターフェイスデザインを二次元だけでなく三次元で実現しようという研究もあります。

Nokiaはナノスケールで自在に変形するMorphという携帯電話コンセプトを発表しています。



Intelでは、Programmable Matterという小さな粒をプログラミング可能にして立体物を自在に変形させる技術が大まじめに研究されています。


少しずつではありますが、コンピュータを組み込んだ製品に、道具として物質性とか身体性を考慮したデザインが入る余地が増えてきています。単なる専用化でも単なる汎用化でもなく、「汎用品なんだけど、その都度形を変えて用途に最適化する」という、両立の形が見えてきたような感じですね。それがモーフィングコンピュータという概念です。
iPhoneやiPadのことを二次元モーフィングコンピュータだと考えてみると、iPhoneやiPadがなかなかマルチタスク機構を採用しない理由が少し分かっていただけるのではないでしょうか。


昨年はセカイカメラも大いに話題となりました。3D映像やAR技術のように、実際にはそこにないものをあるように見せる、疑似的な物質感を出す技術も発達してきていますね。道具のデザインの未来では、「アナログ」と「デジタル」はいつか区別のないものになり、「物質」か「非物質」かという区別をするようになるはずです。

ARについても、シリコンバレーにいると色々と見えるものがあります。この技術のトレンドについても、また近々レポートしたいと思います。

9 件のコメント:

  1. シングルタスクである理由は、最初からアップルは明確な回答をしています。ハードウェアがマルチタスクを出来るほどのスペックではない、と。マルチタスクをすることにより、バッテリーのもちが悪くなる為に、シングルタスクであると説明しています。その説明のときには、バッテリーを引き合いに出していましたが、CPU、メモリも当初のスペックでは問題になる点だと思います。なので専用化と言う点では必ずしもそうだとは思えないかも知れませんね。

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  2. 長いことこの企業をウォッチしてると、表向きの理由なんてまったくアテにならないという事を思い知ります。
    今シングルタスクに絞っているのはユーザーに対してシンプルな体験を優先しているのかなと思います。
    複雑にすると敬遠されますから。
    一定のポジションを作ったら、マルチタスク的な使い方を解禁するかと思います。

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  3. コメントどうもありがとうございます。
    そうですね。表向きの理由なんてアテにならないでしょう。特にSteve Jobsは二枚舌の傾向が非常に強い男のようです。たとえばiPodプロジェクトではかつて、表向きには動画を見るなんてナンセンスだと言い続けていました。
    一つの企業の表向きな理由もそうですが、真の理由の部分ですら、その企業の中で対立していたりすることがありますし、一人の人間の中でも完全にロジカルな理由付けというのは難しいです。
    もちろん今後もマルチタスクを解禁することは十分に考えられますし、既にiPhone OSじたいはApple公式アプリケーションに関してはマルチタスクで動いています。Push Notificationもマルチタスクの一種であり、クラウド化されたマルチタスク処理の一つの形と言ってもよいでしょう。

    今後のマルチタスク解禁の仕方、あるいは解禁しないことに、現状では複数のシナリオがあることは間違いありません。社会全体の需要や考え方は複雑系のようなものですから、iPadによる体験が人々の間に広がった後になってみないと分からないでしょう。
    そういった意味ではこの記事のタイトルの「理由」という言葉は論理的な因果関係をきちんと示せるものではありませんが、かつてジェフ・ラスキンという開発者・設計思想家がいて、私たちの体験はあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、確実に一歩ずつ彼が描いた未来に向かっているということを示唆するものとして、お読みいただければと思います。

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  4. iPhoneやiPadがシングルタスクなのはマルウェアを恐れてのことだと思っていました.

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  5. もしも優れたユーザー体験の提供がシングルタスクの理由であるなら、現在既にマルチタスクで動作するiPodアプリやマイクアプリなどの挙動の説明が難しいですね。

    無制限にマルチタスクを許せばOSの上に別環境を被せることも可能です。
    せっかく築いたビジネスモデルを守るために、AppStoreを通さないアプリは絶対に阻止したいということでしょう。
    例えばjailbreakについても、Appleは違法だとはっきり断言しています。Adobe flash未実装も同じ理由では無いでしょうか。

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  6. yshino271 さん
    その発想はなかったですが、確かにそういう設計になっていますね。ストア審査という過程もありますが、長時間にわたって負荷をかけたりデータを吐きまくるアプリを減らそうということですね。

    daijinakoto さん
    仰る通り、電話アプリやiPodアプリ、レコーダー、アラームなどは常にバックグラウンドでも動かせますが、これらはタスクの最中は画面の表示が必要なく処理も軽くあまり邪魔をしません。
    マルチタスクで動作するアプリを制限するというのは、ユーザビリティ的にも、電力などリソースの節約という意味でも、何億台も売れる機械の落とし所としてある程度バランスのとれた一つの正解だと思っています。むしろ、必要なのにレジューム機能がないアプリが多いことの方が問題です。
    iPhoneやiPadは厳密にはシングルタスク端末ではなく、現時点ではシングルウインドウな限定的マルチタスク端末といった方が正しいでしょう。マルチタスク動作が可能なOSですが、その制限の結果がまるでそれぞれの専用機のように振る舞う一枚の板でありモーフィングコンピュータのようです。
    もちろん、この記事に書かれていることはiPhone/iPadをある側面から見た一つの理由でしかありません。しかしながら、こうした文脈でiPhone/iPadを見ることは、道具の進化の現代史を考える上で非常に有意義であり、未来の道具を考える一つのきっかけになってくれる気がします。

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  7. CPUは4ビットの時代からマルチタスクを前提に設計しています。というよりシングルタスクでは単純なことしかできません。

    したがい、速度とかは1990年以降は関係ないです。

    iosはUNIXベースです。UNIXの場合はマウス処理の優先度が他の装置と同じで、反応が遅い。
    割り込みといいますがマルチタスクを利用して反応します。

    シングルタスクの採用は1990年以降理論的な根拠はないですな。むしろシステムに無理をかけます。

    単純にジヨブスが理解出来ないから排除されたとみるべきでしよう。

    開発者の立場で言うとマルチタスクのできないのは地獄ですよ。どうしてもはつせいする5%の例外処理で地獄をみます。

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  8. あと消費電力は関係ないです。デイスパツチ処理といいますが暇な時のアイドリング処理をキチンとすれば良いだけです。

    メモリに関しては判らないけど、MSDOSじゃあるまいし今の時代はねえ。UNIXは大型汎用機のosなんで仮想メモリを備えており考えにくい。

    なぜマルチタスクでないかは単純にジヨブスが不要と勘違いしていんでしよう。理論上、マルチタスクでないと素直に実装出来ない事は沢山あります。
    例えば処理の中断キャンセルはシングルタスクでやろうとすると信じられないほど複雑な処理がひつようになる。

    やはり理論的な理由はないと思いますよ。

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  9. あと消費電力は関係ないです。デイスパツチ処理といいますが暇な時のアイドリング処理をキチンとすれば良いだけです。

    メモリに関しては判らないけど、MSDOSじゃあるまいし今の時代はねえ。UNIXは大型汎用機のosなんで仮想メモリを備えており考えにくい。

    なぜマルチタスクでないかは単純にジヨブスが不要と勘違いしていんでしよう。理論上、マルチタスクでないと素直に実装出来ない事は沢山あります。
    例えば処理の中断キャンセルはシングルタスクでやろうとすると信じられないほど複雑な処理がひつようになる。

    やはり理論的な理由はないと思いますよ。

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