2009年12月31日木曜日

コロプラとラブプラスに共通する、新しい時代のマーケティング手法(後編)

注:このエントリは一つ前のエントリの続きとなっています。
上記エントリを先にご欄頂くことをお薦め致します。

前編ではコロプラやラブプラス、そしてWebkinz等を例として
アトム財とビット財を組み合わせるという、
これからの時代のマーケティング手法の誕生を論じました。
ここでは、アトム財とビット財それぞれの特徴を考えつつ、
その活用方法について考えてみたいと思います。

特徴1.アトム財は複製コストがかかる、ビット財はかからない
アトム財は実際の物ですから、1個1個の製作に対してコストがかかります。
ビット財は『FREE』でも述べられているように、複製コストがかかりません。
よって、ビット財は売れれば売れるほど1個に対するコストは小さくなってゆきます。

特徴2.アトム財にはお金を払いやすい、ビット財にはお金を払いにくい
webサービスでは、ユーザー数が増えても収益化に苦労することがあります。
コロプラの例を見ると、アトム財を売るために自社のサービスを
ビット財として提供することが収益化の一助となっていることが分かります。
一部アバターアイテムの成功例などはあるものの、多くの人々は
まだビット財にはお金を払う文化は根付いていません。

特徴3.アトム財は差別化がしづらい
よく言われることですが、今の時代は高度成長期と違って
ほとんどの人が生きるために必要なものを揃えてしまっています。
このような時代では物を売るのは難しく、また多くの場合市場に競合他社が
存在しているため、各社は新機能をつけて差別化を図ろうとしています。
ビット財は企業にとって、新たな差別化を図る一つの方法となりそうです。

特徴4.ビット財のターゲットは得てして若い
ビット財、例えばコロプラやラブプラスのようなゲームに惹かれる人の多くは
30代以下の比較的若い層が多いと思われます。
対して日本の伝統企業(例えば有田焼のような工芸品)では
その顧客の年齢層は高まるばかりで、このままだと減少の一途を辿ります。
コロプラの事例でもあったように、ビット財をトリガーにアトム財を売ることで
企業は全く年齢層の違う、新たな顧客をターゲットとすることが出来ます。

特徴5.ビット財は継続利用を可能にする
これまでの通常の商品は、その商品を購入し、消費したら終わりでした。
ぬいぐるみもガムもカメラも、それを購入した後は、
ほとんどの場合、企業と顧客の関係性はまたゼロに戻ってしまいました。
しかしビット財を用いれば、企業は商品の購入後も顧客との関係性を継続し、
エンゲージメントを高めることができます。

特徴6.ビット財はストーリーを提供して世界観を広げることが出来る
ラブプラスやコアラのマーチの例から、我々はもう一つ学ぶことが出来ます。
例えばラブプラスはクリスマスケーキを「画面の中の彼女と楽しむ」という
ストーリーの中で消費させるという、新たな需要を生み出しました。
コアラのマーチでは、元々あった「まゆげコアラ見つけると幸せになる」等の
ジンクスを更に拡張し、色々なコアラを見つける楽しみを提供しました。
これらのように、ビット財はコンテンツによってストーリーや奥行き感を出し
ただの物でしかなかったアトム財を顧客にとってより意味のあるものにします。

特徴7.ビット財は広告としても機能する
これらの事例が話題になった大きな要因は、それがwebなどを介して
素早く広がっていったからであると考えられます。
特に最初の3つの事例では、始めからデジタルコンテンツの世界観が
出来上がっており、ユーザーのロイヤルティが非常に高かったため
ユーザー同士が情報を交換し、結果として売上に繋がりました。
ビット財を提供することは、広告としても効果が高いと言えるでしょう。

以上のように、アトム財とビット財には、それぞれ長所と短所があります。
これらの特徴は、どのような場合に、アトム財とビット財を組み合わせるか、
また自社のアトム財に適したビット財はどんなものなのかを考える時のヒントとなるでしょう。

では、実際にアトム財とビット財を連携させたマーケティングを企画する時、
我々はどのようにこれらを連携させれば良いのでしょうか。
前編にあった事例から考えると、現状での答えは明らかです。

前編で出て来た例のほとんどが、アトム財の購入時に紙で出来たカードやタグを付与していることが分かるでしょう。
今のところ、ビット財として提供されるのは既存のwebサービスへのログインか、
或いはARによるキャラクターの表示が多いと思われます。
前者の場合はカードに、サービス内で入力するシリアル番号が、
後者の場合はカードに、ARを出現させるためのARマーカーが印刷されています。
このカードがアトムの世界とビットの世界を繋ぐ、橋の役割を担っているんですね。

アトム財とビット財が保管しあうことでユーザーニーズを高めるという
新しいマーケティング手法は、2010年以降、更に広がってゆくものと思われます。
実際に商品を提供している企業の皆様は、ビット財の導入を検討してみてはいかがでしょうか。

コロプラとラブプラスに共通する、新しい時代のマーケティング手法(前編)

以前僕はこのブログで、「コピーと共有が当たり前の時代にコンテンツでお金を取るヒント」というエントリを書きました。
これは、本やDVDなど、コンテンツのパッケージメディアを購入した際に
同じ内容のデジタルコンテンツを提供すれば良い、という提案でした。
ざっくり言えば物(アトム)を買った時のおまけとして、
無料のデジタルコンテンツ(ビット)を付ける、ということです。

実際、以前エニグモがローンチした「コルシカ」(現在は著作権関連の問題で停止中)や、
先日「ウェブ新聞を創刊する」旨を発表した北日本新聞社でも
雑誌を購入した人にデジタルデータを提供したり、
新聞を契約した人にウェブ新聞を提供したりと
同様のモデルを用いてコンテンツを提供しようとしています。

今の時代、デジタルデータの扱いやすさに慣れてしまったユーザーは
物としてのパッケージだけではニーズを満たすことは難しいように思います。
今後は物とデジタルを同時に提供することで、物の良さとデジタルの良さ、
その双方をユーザーに対して提供することが出来るのではないでしょうか。

最近、このアトムとビットを組み合わせるという手法は
コンテンツビジネスだけでなく、実際に物を販売する際にも
有効なのではないかと考えるようになりました。
今回はこれらを「アトム財」と「ビット財」と呼び、
幾つかの事例を見ながら新しいマーケティングについて考えてみたいと思います。

事例1:コロニーな生活PLUS
コロニーな生活PLUS」は、通称コロプラと呼ばれる
位置情報を利用したオンラインゲームです。
コロプラではアイテムを集めたりして遊ぶのですが、
その中には実際にその土地に行き、提携先の商品を買った時のみ
ゲーム内でももらえる、限定のお土産アイテムがあります。
仕組みとしては商品を買った際にコロカ(写真)と呼ばれるカードが貰え、
その裏に書いてあるパスワードをゲームで入力することで
ゲーム内で限定アイテムを購入することが出来るとのこと。



実店舗との連動はカードを使わない位置情報連動の形で今年3月に実験
コロカによる連動を今年の6月に開始、その後提携先の店舗を増やしながら
現在では全国29の店舗で提供をしています。
その中にはコロカによって来客数が跳ね上がった店舗も多く、
事例が日経ビジネスオンラインでも取り上げられました。

また、注目したいのはそのビジネスモデルで、これは広告のように
コロプラが店舗から先にお金を取るのではなく、
コロカの配布枚数から、実際に売れた分を把握し
その金額の15~20%を取っているということが特徴です。
システム開発やお土産のデザイン、コロカの印刷代等を考えると
これはかなり良心的なビジネスと言えるのではないでしょうか。
(コロカの仕組みについてはここギコ!さんが詳しく書いていらっしゃいます)

事例2:Merry +'mas
コロプラと非常に近い例が、今年のクリスマスに実施されました。
それがMerry +'mas(メリープラスマス)キャンペーンです。
これは恋愛ゲーム「ラブプラス」に出て来るキャラクターを
AR(拡張現実)として表示するARマーカーをカードに印刷、
このカードを実際にケーキを購入した人に配るというキャンペーンでした。



このキャンペーンでは、六本木、原宿、高円寺の各店舗で
100個ずつのケーキが用意されていましたが、
朝8時に公式サイトでケーキを販売する店舗を発表したところ
11時の開店前に各店舗で全てのケーキが売り切れるという、非常事態となりました。

事例3:Webkinz
このブログでも何度も紹介している『FREE※1ですが、
この本の第9章「新しいメディアのビジネスモデル」には
Webkinz(ウェブキンズ)というおもちゃが登場します。

これは実物のぬいぐるみを購入すると、タグについたコードを入力することで
オンラインアバターのサービスが楽しめるというものです。
調べてみたところ、これはカナダのガンツ社から2005年頃に発売され、
その後アメリカを中心に大ヒットを飛ばしたとのことでした。
著者であるアンダーソンは、ウェブキンズのビジネスモデルについて
以下のように記しています。
ウェブキンズのビジネスモデルは、「無料」と「有料」をうまく組み合している。(中略) ある意味、これは二〇世紀の経済と二一世紀の経済がうまく強調した好例だ。アトム(ぬいぐるみ)にはお金がかかるが、ビット(オンラインゲーム)はタダだ。現実世界で、ほとんどの子どもはぬいぐるみにそれほど興味を持たないが、ゲームの中で全種類の動物を集めることには夢中になる。そして、バーチャルの動物を追加する唯一の方法は、ぬいぐるみを買うことなのだ。

今までの3つ以外にも事例は存在します。
例えばTopps社の野球カードやガムメーカーWrigley社のThe 5 Mixer
ロッテが2006年に展開したコアラのマーチ@メール占いは、
アトム財を購入した際にビット財を提供するというモデルです。
これらは既存の企業が自社の製品に対して新たなる付加価値をつけるため
商品をトリガーとしたビット財を提供したパターンです。
また、先日株式会社CEREVOが発売したCEREVO CAMを始めとして、
購入することでwebサービスを使えるようになる家電もありますよね。

これらの例は、アトム財とビット財を組み合わせることで
消費者のニーズ(≒売上)を最大化する
という
新しいマーケティング手法であると言えるのではないでしょうか。
ではその手法には、具体的にどのような効果があるのでしょうか。
後編では、具体的な効果と手法について論じたいと思います。※2

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※1 今年の個人的ナンバーワン。ちなみに次点は『アイデアのちから』でした。こちらも超オススメ。
※2 実は最初のエントリではこの部分も含めて一つのエントリだったのですが、友人に「面白いけど長い」という感想を貰ったため、後から分割しました。


2009年12月29日火曜日

バーレーンの実況から考える、類似性の面白さ

ご存じの方も多いかと思いますが、一時期
「バーレーンの実況が日本語にしか聞こえない件」
という動画が流行りました。
「むっちゃ風邪ひいてん」で有名なアレですね。


僕の周りでもみんな爆笑してたのですが、
この面白さは一つパターン化出来る気がするのです。

本来であれば似ているはずの無いものが似ているように聞こえる。
きっとこの意外性が面白いのでしょう。

この面白さは、本家「空耳」も一緒ですね。


また、これは音だけでなく、ビジュアルでも同様。
本来であれば似ているはずの無いものが似ているのが面白い。

(他にも見たい方はこちら

一方で、意図された(と思われる)類似性は
オリジナリティに欠けると見なされ、嫌悪感を抱かれます。
例えばアジア諸国の模倣なんかは、しばしば非難の対象となったりします。

また、「間違い探し」という遊びは
似ているはずの無いものの中に類似を探すのと逆で、
ほとんど同じ絵の中に隠された僅かな違いを探す遊びです。

これらの差異はなんだか不思議な気がしますが、共通点を挙げるとすれば
似ているはずの無いものが似ていることを発見したり、
同じようなものの中から違うものを発見するという
クリエイティビティが感じられるものは面白く
ただ単に真似しただけというクリエイティビティが
感じられないものは面白くないと見なされると言えそうです。

「人がどういうものを面白く感じるか」というのは
webでも広告でも、何かを作るときには非常に重要な要素だと思います。
たまには面白いものを紐解いてその理由を探ってみるのもいいのではないでしょうか。

というわけで、ネタエントリでした。

2009年12月23日水曜日

スタバがコンビニのレジで1杯560円の特大コーヒーを売る方法

もう結構前になるのですが、近くのコンビニ(サンクス)で面白いものを見つけました。
それが、これです。

なんだか分かりましたか?

分からなかった方のために、もう1枚。
真ん中の赤いやつですね。


こんな感じで、男性誌のラックだけでなく女性誌のラックにも積まれています。

実はこれ、スターバックスが出してるアートブックなんですよね。
写真家は市橋織江、テーマは「スターバックスのある風景」。



カバーを取るとこんな感じ。



これってよく考えられたマーケティングだなあ、と思うのです。

例えばこれを広告だと捉えると、写真というコンテンツを皮切りに
スターバックスというブランドに対して興味を持ってもらい、買ってもらう効果がありそうです。
その時に注目すべくは、これが既存の雑誌の広告という形ではないこと。
最近「3つのメディア」という話をよく耳にしますが、その文脈で考えれば、
これは企業が所有するオウンドメディアとも言えるでしょう。
3つのメディアは何も、デジタルの世界だけの話では無さそうです。
もちろん企業の目的にはよるものの、費用対効果で見ても、
マスメディアの枠を購入するよりも売上に直接結びつく成果が得られそうです。

実はこのアートブックにはもう一つポイントがあります。
これ、一冊600円なのですが、買うとクーポンが付いており、
370円のショートサイズから560円のベンティサイズまで、好きなドリンク1杯と交換できるんです。
これは見方を変えれば、コンビニのレジでスタバのコーヒーを売っているのと同じことだと言えます。

マーケティングの4Pをご存じの方は多いと思います。
Product/Price/Place/Promotion ですね。
既存の製品やサービスの売上を伸ばそうと考えるとき、
我々はどうしても最後のPromotionの枠の中で考えがちです。
しかしスタバが今よりももっと売上を高めようとした時に取れる戦略は
何もPromotionだけではなく、Place、つまり販売チャネルを増やすという方法もあるわけです。

4つのPのうちPlaceを用いた戦略を取った事例で言うと、
有名なのはオフィスグリコの例ですが、
これからは今回のスタバのように、4つのPをまたいだ発想で
戦略を考えることがより重要になってきそうな気がします。

2009年11月26日木曜日

500色の色えんぴつに学ぶ、3つのアイデア

500色の色えんぴつ、って知ってますか?
通販会社のフェリシモが発売している色鉛筆です。
その名の通り500色あるのですが、
この500色の色の名前が2ちゃんでも話題になったようです。
「トワイライトゾーンの雪」とか「ため息のベール」とか
そんな名前がついています。
まあ要は、なんだそりゃ、と。

でもこの色鉛筆、かなり凄いと僕は思うのです。
そこで凄いと思ったアイデアを3つほどメモしてみます。

1.必要ないものを見定められた
まず最初にして最大のアイデアがこれです。
普通の色鉛筆でも、色には大抵、それぞれ名前がついています。
でも、その色の名前って実際使うのでしょうか?必要なのでしょうか?
恐らく自分で絵を描く時に、「色の名前」って特に必要無いんですよね。
「赤色だからこの色を使う」のではなく、「使いたい色が赤色だった」のです。
目で見て色を決めるのだから、そこに言葉が介在する余地は無い。
だったら無くしても問題は無いはず。
これに気付けたというのは、大きなポイントです。

2.空いた場所にストーリーを入れた
色の名前は必要無かったので、それが無くてもいいことは分かりました。
すると、この部分を「別の何か」に変えることが出来るはずです。
そこでフェリシモさんは空いた場所にストーリーを入れたわけですね。
これが2つ目のアイデア。
よく「ストーリーを売れ」とか「物語性が重要」なんて話がありますが、
この商品はこれでもかというくらい、それを素直に実践しています。
この色鉛筆のポイントがストーリーであることは、色鉛筆のコピーが
「500の色。500のなまえ。500のストーリー。」であることからも明らか。
つまりこれは「色の名前」という言い方をしてはいますが、
本当は「色の名前」では無いわけです。
主従は逆。売っているのは色鉛筆ではなく、色鉛筆の形をしたストーリー。

3.それを20か月に分割した
ストーリーが1本1本についた色鉛筆。
ここまでは完成しました。
普通であれば、これをそのまま一気に売ることも出来たはずです。
でもフェリシモさんはこれを25本ずつ、20カ月に分けて送るんですね。
これが3つ目のアイデアです。
今売ろうとしているのは、色鉛筆の形をしたストーリーです。
ただの色鉛筆なら全ての色が一気に使えた方がいいでしょうが、
ストーリーは一気に届けられても全部は読めません。
だから25のストーリーを20か月に分けて届ける。
これは1話完結型の連載小説に近いのではないでしょうか。
しかも1か月に25話ということは、平日に1話ずつ読んで丁度いい量です。
これが買ってから20カ月ずっと届くというのは、
ワクワクするし、お得感があります。


では最後に、3つのポイントをもう一度おさらいしてみます。

まず凄いのが、必要ないものを見定められたこと。
いま身の回りにある物の中にも、本当は必要のないものが無いでしょうか?
ここを変えることで、物事はよりシンプルになるのです。

2つ目に、ストーリーを入れたこと。
いま自分の売っているものに、ストーリーはあるでしょうか?
それは誰が、どんな思いで作ったものですか?
どこからどうやって来たものですか?
そのストーリーを商品の中心に置くことが出来ませんか?

最後に、全部を一気にではなく、少しずつ長く届けたこと。
もしその商品がユーザーに「小さな幸せ」を提供するものであるなら、
一気に全部、よりも少しずつ長くのほうがいいかもしれません。
分割して連続で届けることで、消費者のワクワク感を生み出せないでしょうか?

その辺りを考えると、いろんな商品に使えるのではないかと思いました。
というわけで、メモでした。

2009年11月16日月曜日

Freemiumを一過性のブームにしてはいけない

tadateruです。

Freemiumjpのキャンペーンを体験して思ったことだが、個人的にはまだ内容がAuthorizeされていない書籍が無料になったところで大して響かないと感じた。
自分にとっては書籍とは、知人や上司か本屋がすすめてくる時か、本当に知りたいと認識している内容が含まれていることがタイトルでハッキリと分かる時に初めて買ったり読んだりするものだった。

個人的な習慣はさておき、1万人限定キャンペーンはFremiumの正統なアプローチと呼べるかどうか疑問である。


◆freemiumjpに感じた違和感
私が最大のミスだと思うことは、NYのベンチャーキャピタリストFred Wilson氏の発見である「最初に無料で利用できるものは、いつも無料で利用できること」のルールを破っていることである。(
B3 Annex 「Free + Premium = Freemiumというビジネスモデル」) それを破るのはどういうことかというと、ただの時限DRMコンテンツにしかならないということだ。それだけでオリジナルのサービス・製品よりも著しく劣化している。期間限定で急かされたり、時間をかけて読む・後から参照するといった"利用の継続"にお金を払わなくてはいけなかったりするのは果たしてFreemiumと呼べるのだろうか。ただの「立ち読みで済ます行為」や、従来の無料サンプルモデルと変わらないのではないか。このキャンペーンにFreemiumのFree+Premiumという重要なアイデアのうちPremium的な要素は無い。
また、Freemiumjpの無料配布1万人突破はtwitterの話題伝播性によるもので、twitterの力を改めて示しただけである。一体1万人のうち何人が、DRMの締め切りまでに望ましい効用を得られるのだろうか。最後まで読める人や本書をフリー期間だけで活用できる人はそんなに多くはないだろう。
結果として、大勢の書評ブロガーに大量献本したつもりが、大勢の大して読みもしない話題に飛びついただけの人に配っただけになってしまっていないだろうか。


◆代金だけがコストじゃない。可処分○○を探せ
ところで、ふつうの人にとっては、新しいサービスや製品を試してみることも「コスト」だ。
自分自身の時間や意識を消費しなくてはならないし、どんなものも利用には新しい学習が必要だ。
「このサービスには特別な学習が必要ない」という評価でさえ、金銭的・時間的なコストを支払った上での利用と学習によってなされる。
「ふつうの人」と言ったが、どんな人でも人によって手持ちの資源比率が違い、どれを節約したいかが異なる。ある資源を出し渋る人に対しては、その資源のコストをゼロに近づけてやれば心理的な障壁が取り除かれやすい。
たとえば金銭コストをゼロにした時に飛びつく初期の導入者は、金銭資源を出し渋るとしても、新しいものを試す際の時間的資源やその他の心理的な資源は出し惜しみをしない。彼らは口コミや話題や評判を作るのに一役買い、時間的資源やその他の心理的資源を出し惜しみする後期導入者の資源を節約するわけだ。これはある意味では消費者側で起きている分業である。多くのWEBサービスでFreemiumが採用されているのは、限界費用がゼロな事に加えて、初期導入層のポジティブな評価に他の層の時間的/心理的資源節約の効果があるからだ。後期導入者は色々試している初期導入者のAuthorizationがあるから安心して利用を開始できるし、本当に価値のある製品/サービスだと分かれば初期導入者だろうと後期導入者だろうと出し渋らずに金を出す。
このメカニズムの対極に位置するのはブランド志向というやつで、金銭コストは大きいが、良いものを見つけられるまでの心理的資源や時間的資源をあらかじめ節約することができる。

Freemiumは価格が無料であることばかりに目がいきがちだが、逆に金銭以外のコストをはっきりと認識する必要性があることを我々に気付かせてくれるだろう。
さもなくば、「Freemiumを導入して無料にしてみたけど結局利益が上がらなかった。あれはダメだ」という、企業の担当者にありがちな失敗が増えるだけだ。
金銭以外のコスト/資源としてすぐに考えられるのは、時間のコスト/資源と、学習や努力のコスト/資源である。可処分所得、可処分時間はともかく、「可処分努力」という言葉が正しいかどうかは分からないが、どんな経済活動にもお金と時間と精神的なエネルギーが要る。
仮に、金銭、時間、努力の3種類のコスト/資源が重要なファクターだとするならば、2×2×2で、消費者をざっくり8層に分けることができる。たとえば時間もないし努力もしないけどお金だけはタップリ持ってる人、時間だけはあるけど努力もしないし金もない人…といった具合だ。8層それぞれの層の特徴や影響力の矢印の方向を見いだすことで、どの層にとってのトータルコストを下げることが最も効果的に全体のコストを節約させられるかという資源配分の問題を解くことができる。Freemiumはサービスの単価と影響力の方向とそれぞれの層の人数や人口分布が一定の時に有効な1つのパターンにすぎない。世代が変われば違う結果になる可能性がある。


◆なんだかんだ言ってもバズワードなんだから慎重に
そもそも、WebサービスにFreemiumが多く採用されはじめた理由は、誰かの手探りマネタイズによるまぐれ当たりを模倣しただけのものである場合や、利用者層が似ているからうまくいっているケースも多いはずだ。大元を辿れば、始めから課金したらユーザーからそっぽを向かれたという経験に基づく課金モデルであって、包括的な分析が伴っているものは実は少ないのではないかと察している。というか、基本的にはweb2.0の時と何も変わらず、WEB業界のマネタイズの慣習や流行にFreemiumと名前を付けただけである。
別にそれ自体は悪いことだとは思わないしネーミングは流行を増幅するが、ネーミングが独り歩きした結果、思わぬ落とし穴が待っているものだ。なんと言っても、クリス・アンダーソン公式のはずの日本初"Freemium"イベントがFreemiumの性質を備えていなかったことはあまり笑えない。

極端に聞こえるかもしれないが、Freemiumはジレットのカミソリのビジネスモデルやプリンタのインクで利益を稼ぐモデルと根本的には大して変わらないと考えてよい。
限界費用の低下とネットワーク効果により、無料会員でも維持し続けるメリットがデメリットを上回り、コストの比率と課金の機会をさらに極端に設定できるようになっただけである。


◆Freemiumの今後?
もちろんFreemiumは今後いっそう話題になっていくかもしれないし、WEBだけでなく実世界にもFreemiumの波がやってくるだろう。だがFreemiumを一過性のブームにしたり過度に期待しすぎたりしてはいけない。適切なマーケティングの手法と未知の有用なパラメータ収集の機会をみすみす逃すことになる。値段の高さや品質の悪さだけが購入の障壁ではないことは、良いものを作ったからといって売れるわけではないという経験が示している。一方でコストのようなネガティブな指標だけでなく、「楽しさ」や「自慢できること」など、従来無視されてきたポジティブな指標の重要性も明らかになってきているが、数値化しにくいためにまだ得体が知れないままである。長期的に見て重要なのは、個別のマーケットにおいて金銭以外のコスト/資源の関与度を明らかにすることである。



andvert君によるfreemiumの再掲記事に対するレスポンスとして。



2009年11月15日日曜日

書籍のデジタル化と自動翻訳で、出版市場が急拡大するという仮説

日本に向けたAmazon Kindleの発売、
対抗軸となるSONY ReaderB&Nのnookの発表など、
電子書籍/電子新聞の話題がにわかに盛り上がりを見せています。

またGoogleブック検索を巡っても様々な議論が行われ、
先月末に和解修正案に要請を提出した出版流通対策協議会を初めとして
日本の様々な団体・協会が声明を出しています。
更に欧州では既に対抗策としての書籍電子化を表明
日本でも国会図書館が電子のデジタル化に前向きな態度を見せました。

そして昨日、その流れに呼応するかのようにグーグルおよび和解関係者は
日本や欧州の出版物を除外するという旨の修正和解案を提出しました。
さて、これは日本側の勝利と言えるのでしょうか?
個人的には、少し疑問の残るところではあります。


そもそも、日本の人口は、世界から見て非常に小さいですから
書籍に限らず様々な生産物において、市場が小さいことは否めません。
それがもし、いろんな人が世界を相手に商売が出来るようになれば、
ものづくりや芸術、カルチャーを生み出すのが得意なこの国は、
もっと元気になるのではないかなんて安易に考えたりします。
例えば京都の職人が丹精込めて作った着物を、イタリアに住んでいる人に
その職人が直接売れたら、それは結構いい世界だな、と僕は思うのです。

インターネットの力を使えば、そういうことは可能になる気もします。
ただ、この記事でもちょっと触れたんですが、これには3つの壁があるのです。

1つは流通の壁
もう1つは通貨の壁
そして最後の1つが、言語の壁です。

実はこれらの壁を解消すべく、様々な企業がいま取り組みを行っています。

流通の壁は、実際に物販をしている会社にとって最も重要で難しい問題。
楽天市場は世界展開をするためにこの問題にいち早く取り組み、
楽天海外販売では、複数の商品をまとめて海外に送るサービスなども提供しています。

通貨の壁は、文字通り通貨が違うことにより決済が難しいという問題。
これは今年6月に資金決済法が可決したことにより、
PayPalを初めとした企業が日本でも展開し、解決される見込みがあります。

言語の壁は、購入ページや商品の言語が通じないことによる問題。
これはwebページを自動で翻訳してくれるGoogle翻訳のほか、
Facebookがクラウドソーシングによる翻訳機能を提供していたりもします。


さて、話を書籍に戻しましょう。

今まで、書籍を海外に販売する場合に大きなネックとなっていたのは
他の製品と変わらず「流通の壁」でした。
しかし、これがデジタル化することによって、インターネットで
データとして「配送」することが出来る為、事実上この壁が取り払われます。

また書籍などのコンテンツビジネスは、ことばそれ自体が商品であるため、
言語の壁の占める割合が大きくなってきます。
これまでは日本の本を海外で出版するためには
様々なプロセスを経なければならなかったでしょうが、
これもデジタル化で自動翻訳やクラウドソーシングでの翻訳が出来れば、
ボタン一つで海外に出版することも可能になるかもしれません。

もちろん、小説などの芸術としての書物であれば言葉にこだわるので
今の自動翻訳の精度では難しいでしょう。
しかしながらこれも、例えば出版社の中に翻訳者が居れば
海外の顧客に直接届けることは出来るようになるはずです。

書籍のデジタル化は、書物が誕生して以来の大きな変化だと言われます。
しかし個人的には、デジタル化の影響力が本当の意味で大きくなるのは
デジタル化と自動翻訳の両輪がうまく回り始めるその時だと思うのです。
必ずしもGoogleブック検索だけが回答であるとは思いませんが、
出版社は今回のブック検索関連の訴訟に片がついてからも
書籍のデジタル化について真剣に考える必要がありそうです。